− フリートーク Vol.4 −



2000/02/03

 今回から書き方を変える事にした。ここには最近の事だけを書き、ある程度時間がたったら別ページに移動して蓄積する方式にするつもり。

 今度の休み、長野県にある弟の下宿へ襲撃旅行をしようと夜、その弟宅に電話。大学の試験期間中だが全然構わないとの事。何でそんな事を思い立ったかと言うと、仕事の手が空いているうちに弟の住環境と長野のさぞかしきれいな星空を見たいと思っていたから。


2000/02/05

 昼過ぎに家を出て、弟の下宿へと向かう。途中で土産品を買って在来線で熊谷まで行き、そこから特急券を買って新幹線に乗り込む。自由席で窓際の座席が何とか空いていたので座って車窓の景色を眺めたりウトウトと寝たりして、目的地の上田駅に到着。弟の携帯に連絡を入れて待ち合わせの場所と時間を決める。それまでの間、上田城跡の公園を散策したりなど市内観光する。そして駅前のロータリーで弟を待つ頃には都会では見られない見事なまでの真っ暗な夜空になっていた。で、弟の愛車・セリカがやって来た。途中スーパーで食料を買ってから目的地である下宿に到着。市街地から非常にかけ離れており周囲は田んぼだらけでまさに車なしでは何も出来ない「辺境の地」にそこはある。間取りは1Kで風呂・トイレ別室。居間は8畳半の洋間と一人で住むには広々とした住環境は都会ではなかなか考えられない(だから自分の一人暮しの参考にはあまりならないかも)。

 まずは買った食料品(と言ってもドリンクと菓子中心だが)をつまみながらテレビを見る。ここはケーブルTV完備(でも多チャンネルタイプではない)で在京局の番組をそのまま見られる。そこと同系列の地元局とを交互に切り替えるなどしながら見る。で、「上田ケーブルビジョン」は「ペット探して」などの地域密着型番組を流しており弟と「にこにこケーブルテレビ(ドラマ『ニュースの女』に登場するケーブルテレビ局)だ!」などど話しこんだり、持参した『ヴァンパイアセイヴァー』や以前家から送られた『鉄拳3』で遊ぶ。画面を見ていてハイレゾ(高解像度)モードである事を改めて認識し、「やっぱナムコは凄い」などと考え込んでしまう(職業病)。ところで私は家ではモノラルのテレビでPSソフトをやっているのだが、ここではステレオだ。音の感じが明らかに違う(これは会社でも感じた事だ)。

 夜9時半過ぎ、弟の車で遅めの夕食として市街地のファミレスへ行き、そこで互いの今の状況と今後の事などについて話す。11時過ぎにはアパートに戻り、アニメ『KAIKANフレーズ』を初めて見たりなど、2人して適当に過ごす。その最中、私は部屋の外に出る。今回の旅の目的の一つ、長野の星空を眺める為に。更にその夜景を写そうとカメラとミニ三脚を持参していており、備え付けの小さめの物置の上にセッティングするのだが、バランスを崩してカメラを地面に落としてしまい一部部品が破損する。慌てて状態をチェックしたが、最も重要なレンズは無事のようだった。それでも「スーパー夜景モード」に設定して撮影を試みるが、シャッターを切るのと一緒にフラッシュまで焚いてしまい明らかに失敗に終わる。夜景の方だが、確かに東京や横浜よりかは「真っ黒」な空で星もよく見えたが、その数は思っていたほど多くなく、ちょっと期待外れだった。中学の自然教室で福島県檜枝岐村へ行き、そこで見た星空はそれはそれは美しかったので余計に強い幻想を抱いていた事もあったかも知れない。やはり上田市街地の灯りがマイナスだったか(実際そっち方向の空はボンヤリ白かった)。弟の話だともっと山に囲まれた所、近場では菅平高原あたりがいいらしい。部屋に戻り、適当にテレビを見て『ランク王国』を見終わった頃コタツに中でそのまま寝た。


2000/02/06

 朝起きたらすぐに外に出て前夜カメラを落とした所を検分すると、紛失していた部品が割れずにそのままの状態で見つかる。これならハメ直すだけで済みそうだ。その後は特に部屋を出る事無くテレビを見る。面白いのは『笑っていいとも! 増刊号』はCXでは午前10時からの2時間番組だが地元の長野放送では10時は中部ローカルの『テレビ博物館』で「いいとも」は10時30分からの1時間半番組になっている。更に12時台は『開運なんでも鑑定団』がTXNと信越放送(だったと思う)で放送されているのだが、内容(放送回)が異なっていたりもした。そんな感じで夕方まで過ごし、午後6時過ぎに荷物をまとめ、車で上田駅まで送って貰い、別れを告げて弟と別れる。しばらく周囲を徘徊したり土産を買ったりしてからホームに入り、新幹線に乗りこむも、自由席は既に満席状態で、仕方なくドア前の通路で座り込んで帰路についた。


2000/02/14

 昼過ぎに出社するとスタッフに本社から連絡要請を受けていたので本社に電話をする。応対した主任の話によると今いる会社との契約が先週付けで切れていた事を知らされ、再契約が確定するまで本社で待機するよう命じられたので慌てて開発機材の撤収に入る。まず開発ボードを取り外し、ダンボールのケースに片付ける。マシン本体は本社からの搬入時に使用したダンボール箱を残していたのをそのまま入れる。再契約の可能性が残されているのでマシンはそのまま置きっぱなしにして、次は私物の整理。そして退社際には両手に重い荷物が…。まるで無計画な子供の終業式の帰りのような状態で(苦笑)本社に帰還し、私物を置いて主任らに各種報告を行って退社した。


2000/02/17

 本社に行くと、営業から新しい仕事を受けるにあたっての面接をするよう通達される。今度はゲームの仕事ではない。一応その営業には前いた会社との再契約の可能性が残されている事と主任に相談しなければ…と伝えておいたが。まぁ詳しい事に付いては正式に決まってから(問題無い範囲で)書こうと思う。その後主任が出社して、先に書いた事について話すと例の会社に電話。するとこの会社への再契約の可能性が無くなった旨を伝えられる。その理由に関しては書いていい事かどうか分からないので書かない(なお、自分の落ち度によるものではない事を付け加えておく)。それに伴い、会社の所有物であるマシンを回収しに今まで世話になったスタッフとの別れの挨拶を兼ねてその会社へ。開発室に入ると馴染みのスタッフがデスクをバラすなど本格的な撤収作業をしていた。私も梱包したマシンを一緒に仕事した安斎肇似のプログラマーと共に近くの宅急便屋へ運んで伝票を書いてメインの用件は完了。あとは今回の仕事の契約に関する受領書を受け取って本社へ戻った。辛かった時も楽しかった時もあったけど、終わってみればあっという間の3ヶ月であった。


2000/02/21

 先日書いた面接を受けに、会社の人と都内にある某社へ。仕事内容はインターネットバンキングシステムの開発。若い人なら一から教育してくれるとの事らしい。旬の(というよりこれから欠かせない)技術だし自分のスキルアップの意味でもこれはオイシイかなと思ったが、帰社後営業の人から不合格だった事を聞かされる。先方の求めるスキルに満たないのと面接時の態度がぶっきらぼうだったからだそうだが、私にはそのような覚えはないのだけれど。はぁ。


2000/02/29

 年明け辺りから体調を崩しだし、その他のストレスなどもあって夜、特に仕事場の床の上で寝る時など「このまま目が覚めなかったらどうしよう」と思うようになり「死」というものについておぼろげに考えるようになっていた。そんな時、母方の祖父の訃報が我が家に飛び込んだ。母が伝え聞いたところによると祖父は数日前まで元気で外を出歩いたりもしていたそうで、この日の夕方布団に入ったところで文字通り眠るようにして逝ったとの事だった。


2000/03/03

 会社を休み、家族揃って祖父の葬式に参列する。司法解剖の結果(遺体が一旦警察に送られたので)、死因はやはり老衰で、あっという間に返されたそうだ。この為に長野から弟と北海道へ旅行中だった兄が急遽帰っていた。まず市内にある母の実家へ。祖母や叔父と挨拶をして、祖父の遺体とご対面。そう言えば死んだ人を見るのは生まれて初めてだ。ところで、私はこの祖父には殆ど印象に無い。何故って、物心ついた頃には祖母とは別居しており、近場の将棋センターに住み込んでいたから。生前の祖父と会ったのは確か1回くらいしかなかったと思う。飾られている写真と全然違う顔をしている。何でもあちこち探して数年前のものがやっと見付かったとの事だった。いろいろあってから出棺。そして一族揃って区内の火葬場へ。棺が全自動の火葬炉へ入れられ、シャッターが閉まると別室にて待機。参列者の中には今月入籍する叔父のフィアンセとその御両親もいる。このフィアンセの方は正月家に来ていたのだが、私は仕事で家にいなかったので今回初めて顔を合わせる。1時間たってもまだ呼び出しが来ない。叔父は「成仏できないのかなぁ」とボヤいている。一同まだかまだかと待ち焦がれ、やっと呼び出される。出て来た遺骨は、特に脚の所はほぼそのままの形を保っていた、どうやらかなり骨太だったようだ。私はその一片を箸のようなもので父と骨壷に納める。それを全員一度ずつ行なうと係の人が掃除をするかのようにまとめて納骨し、最後の頭部の骨を上に乗せて蓋をした。我々は火葬場を後にし、区内の料理屋での会食を最後にお開きとなり、それぞれは帰路に着いた。


2000/03/14

 愛用のVAIOを使用中、突然スイッチが切れてしまう。アダプターは繋げていたのでバッテリー切れの類ではない。改めてスイッチを入れてみるが全く反応がない! 今までにも突然画面が消えて強制電源オフは何回かあったが、今回のようなケースは初めてだ。ったく、買って1年経ってないのに故障かよ。まだカスタマー登録していなかったので附属の葉書で保証書を取り寄せよう。


2000/03/17

 我がVAIOを一抹の思いでスイッチを入れると、なんと正常に作動した。あれは一体なんだったのだろうか。


2000/03/23

 内科へ入っても耳鼻科へ行ってもかねてからの咳が止まらず、周囲から結核の疑いを持たれてしまう。

「俺はまだ死にたくない! まだまだ生きてやりたい事は山ほどあるんだ!」

そこで会社を休んで市内の総合病院へ詳しい検査を受けに行く。呼吸器科への診察を申し込み、肺のレントゲン写真を撮ってから診察へ。医者からはレントゲンからは何ら異常は無く、ぜんそくでもないと告げられる。聴診でも打診でも異常は見当たらず、結局軽い気管支炎と診断されて薬を貰って病院を後にした。


2000/03/30

 会社の開発室に寄ると、とある机に東京ゲームショウ(TGS)ビジネスデーの招待券が2枚ある。出向中ながら、たまたま本社に来ていた主任に聞くと某ゲーム会社から社長のツテで回ってきたらしい。我が部署の上の人間は皆業務系ソフトの仕事に入っており行けない模様。そこで手も空いている事だし自分が行きたいと主任に申し出ると「ああ、行っといで」。更に社長の同意も得られ、いくつかの指令を受けた上でTGSビジネスデーへ行ける事になった。


2000/03/31

 午前9時、一旦出社して雑務をこなしてからチケットを持って一路幕張メッセへ。海浜幕張駅に着き、ホームの階段を降りるとビジネスデーなのにあのデカいDCのビニール袋を配っている。他の客を見ていると、スーツ姿の人もいれば、明らかに中高生くらいの人もいる。業者日の筈なのだがどうやってチケットを手に入れてくるのやら(やっぱコネだろうな)。駅の外に出ると…いた! ダフ屋が。目の前にはダフ行為禁止の看板が立てられているのによくやるもんだ。何をやってる千葉県警(笑)。「あの条例」にばっか力入れててこうゆうのには無関心なのか(爆)。一般日ではチケット売り場である入場口でチケットと引き換えに受け取った入構証に会社の名刺を差し込んだものを首にぶら下げる。入場すると、もはや見慣れた風景が(^_^;)広がっている。最初に目に付いたのはセガの入交社長によるネットワークゲームについての講演。少し聞いてみるが、一つの事にそんなに時間をかけていられないので適当なところでその場を去る。

 とりあえずブースを回ってパンフやチラシをゲットしつつ「貴名受」に自分の名刺を突っ込みまくる。こんな事やる人は無数いるしウチのような無名・零細企業ではまず意味が無いんだけどね。まぁ一応仕事で、会社を代表して来た訳だし。さて主任から「X−boxを見て来い」という指令を受けていたのだが、今回その展示は一切無かった。私自身も(ある意味PS2よりも)関心が高かっただけに残念だが発表されたばかりで一般公開にはまだ時期尚早なのだろう。まぁ秋に期待というところか。PCブースに寄ると、展示されているのはフライトシミュレーターや洋モノ中心で個人的に物足りない。そりゃあ18禁ものの出展はCESAが許さないだろうが、ファルコムなど老舗のPC系ソフトハウスもどんな小規模でもいいから出展して欲しいものだ。

 次は試遊台である。今までは長蛇の列で並んでまで遊ぼうという気にはとてもなれないものだが今回はゆったりとしたものなので積極的に遊んでみようという気になれる。取り敢えず気になったのを。PS2ではまず『DOA2』をゲーセンでやった時と同様かすみでプレイ。だが当たり判定がちとおかしくないか? 既に発売されているのだから製品版でしかるべきはずだが、まさか体験版とか未完成版? それだったらまだいいのだが(爆)。

続いてSCEブースで『ファンタビジョン』。もうアナログレバーをほとんどデタラメにグルグル回しつつボタンを連打していたら(いや、一応コンボとか狙ってもいたけど)花火がボンボンと開いていく感じで実際のプレイでは折角の綺麗な花火を見る余裕はあまり無かったりする。で、結局240万点くらいで終わったのかな。でもスコアランキング見ると相当低い方なのね。

 そして私としては最も関心の高い『DQZ』。前回一般で行った時は70分待ちとかでとても並んでまでやる気になれなかったが今回は20分待ち。時間的にも余裕があるのでこの待ち時間ならどうって事無い。そして試遊台の前に立ち実際に体験。今回はストーリーを楽しみたい人向けの「最初から」と戦闘やフィールド移動を楽しみたい人向けの「途中から」の2パターンが用意されており、私は後者を選択。このゲームにおける私の最大の関心事は「読み込み速度」でそれを実際に確かめる目的もあった(一応プログラマーなんで)。スタート地点の建物を適当に歩いたり視点を回転させたりしながら外に出ると、本当に切り替え速度が速い! これは戦闘シーンへのそれも同様で、メインプログラマー山名学氏の「下手をするとROMより速いかも」というコメントもまんざらウソではないなと思った。でも戦闘シーンのグラフィックはちょっと粗いところもあったし、敵キャラのアニメも攻撃時のみというのも寂しい。これはVIの時にも感じた事で、通常時でも息遣い程度のアニメーションを入れて欲しかった。その辺何とかならなかったのかなぁ。仕事柄VRAM容量の少なさは知ってるけどあの画面だったら何とかなると思うのだけれども。その後、待ち時間なしで2回目をプレイ出来てしまい、ビジネスデーの絶対的優位を思い知る。チケット獲得&行かせてくれた社長に感謝多謝である。

 スクウェアブースのシアターコーナーでは小池祥絵(だったかな?)をゲストに『オールスタープロレスリング』をディレクターとダラダラとした対戦をしてから天野喜孝・坂口博信両氏による『FFIX』の対談VTRを少し流しただけでつまんなかった。客が見たいのはこんな企画ではない筈だが。

 ジャレコブースではステステを初めてプレイ。矢印と言う非常に視覚的で分かりやすいDDRに対して「色」という概念的なオブジェは分かりにくく(まぁ慣れなんだろうけど)、全然とっつけなかった。「前・中・後」という字のオブジェだったらまだ分かりやすかったかも(笑)。せめて各色の位置関係が信号機に合わせてくれれば…。

 ナムコブースでは『鉄拳 TAG TOURNAMENT』をそこそこに、受けつけめいたところでアンケートに答えると体脂肪計を貰う。これは遊べそうだ。

 最後に物販コーナーを見て回り、エニックスブースでスライムぬいぐるみと、わたぼうのキーホルダーを購入して会場を後にし、会社に戻る。今回の感想としては、やはりPS2の台頭とネットワークに対する業界の期待が如実に現れたイベントで、コンピューターゲームの革命的未来の方向性を示し始めたと言えよう。仕事(技術者)モードではマシンの高性能化に伴いグラフィック・プログラミング共に膨大・複雑化し、技術・金銭面でのハードルが益々高くなっているのが素人でも分かるようになっている。開発費は上がる一方でもソフトの値段はそう簡単には上げられないけど、スーファミ時代のようなソフト1本1万円の時代の再来もそう遠い日ではないかも知れない。ネットワークにしても電話代と通信速度の問題が解決しない限り劇的な普及はありえないのは昔から言われている事だし、一般家庭にも光ファイバーケーブルが普通に敷かれるようになるのは何年先の事だろうか。ま、そんな黎明期だからこそチャンスなんだけどね。

 帰社後、会社で定年間際の総務に本日ゲットした体脂肪計を使わせてみる。そしたら脂肪分は40%を超えていた。で、私も家で計ってみたら14%台だった。やはり遊べる。


2000/04/01

 またTGSへ。前日の役得に飽き足らないのか…というとそうでもない。展示物で見ておきたいものはもう一通り見てしまったのでメインはコスプレ見物・撮影。イベント本来の趣旨とズレている事は自覚しているが。ブース回りに時間を取られない分見物や撮影に時間を割くことが出来、枚数的にはこれまでにない収穫となった。しかし、終わってみると気だるさを感じる。これは毎度の事で、振り返れば私は独りであり、どうしようもない疎外感に苛まれるという至って簡単な結論なのだが。


2000/04/02

 TGS最終日。この日のテーマは「自らコスをする」。キャラは3回目となるDQMのテリー(といってもこれしかないんだけど)。テーマの中には「ゲームショウ」というイベントでの反応をうかがう実験的な目的もある。更に初日に買ったスライムぬいぐるみを携え、わたぼうキーホルダーをカバンの脇に取り付けるという「演出」も用意して。更衣室を出てしばらく周辺をうろついていると女の子から写真を求められ、続いてツーショット写真まで求められるという初めての経験。私は基本的に写真を撮られる事を想定していないのでポーズなんかはお粗末なものだが、内心は嬉しいものだ(笑)。更にDQ系コスプレイヤーの方達に肩を叩かれ、集合のお誘いを受ける。そして「集合撮影会」では何人もの人から続けざまに写真を撮られ、自分のカメラを差し出して撮って貰ったり(その写真は“あっち”に掲載)、中には海外プレス(!)の人まで。ここでの一番人気はIIの3人で、この3人だけの写真を撮る人も多かった。戸惑いつつも一気に気が大きくなり、なかなか愉快な気分になって前日の気だるさもすっかり消えていた。皆でエニックスブースに行こうかという話もあったが「迷惑になるからやめましょう」と言って止め、適当なところで解散となる。その後も1〜2人くらいに写真を求められる。これで思った事(実験結果?)は、やはりイベントによって「撮る人」の傾向が見えてくると言う事だ。今回の場合その集客力に加え、ジャンルが特化されているので興味を持つ人もおのずと多くなる事。また、男のコスプレイヤーを撮る人は(男女問わず)大抵使い捨てカメラで撮るので「ついで感覚」なのが明らかな事だ。そんな事もあって私(だけ)を撮った人の数は新記録だったし(もちろん、メジャーなキャラをやった事にも要因はあろう)。

 さて前日同様の撮影をしていくうちに、一人のモリガンコスプレイヤーの写真を撮ってHPへの掲載許可を撮る際、今朝出掛ける直前「直感」で持参していた写真の人である事を確認し、名刺も見せると以前ここに載せたことを覚えてくれており「ありがとねー!!」とその際書いたコメントへの感謝を示した。私も「掲示板に書き込んでくれましたよね」と返す。さらに「(作ると予告していた)HPはまだ出来ないんですか?」と聞くと、プロバイダーへの契約が出来ていないとの事。地面に置いておいたスライムに蹴りを入れる仕草をしたのですかさずスライムを持って突起部分を「グサ!」と言いつつ腹部に突き刺すアクション(もちろん寸止め)で返したり、私がモリガン好きである事で盛り上がるなど、色々と話が出来て間違い無くこの日一番の収穫であった。ここまで読んでいればお気付きだろうが、その人こそ後日掲示板に書き込んで下さった「しずく」さんである(こんな事書いたらここの執筆状況がバレるって(爆))。あっちのページにも書いたけど、やはり私にとってのコスとは「コミュニケーションツール」である。これには写真を撮る事、HPに載せる事、コスをする事など全般に渡る。

 終了後、すっかりくたびれている筈だが、しずくさんとのコミュニケーションで気分が高揚し、いきおい幕張の海を見たくなって幕張海岸まで足を運ぶ(^_^;)。荷物を置いて波打ち際まで走ったり、そこに落ちていたブイをハンマー投げ風に投げてみたが全く飛ばず、ただ目が回っただけだったり(笑)。いや、ただそれだけなんだけど。


2000/04/09

 後楽園のコスプレフェスタに行く。今回はその意義を見出すべく、事前にあるコスプレイヤーに当人のBBSで一緒にアトラクションに乗って下さいとお願いし、承諾を得るという根回しをしておいたのである。で、言わずもがなの格好をしてその人を探す。が、入口広場でも3時を回って遊園地の中に入っていろいろ歩き回っても会う事が出来なかった。もっとも、会えたとしてもきちんと応対して貰えただろうか? 社交辞令である事も十分考えられる訳だし。それはともかくとして会場内を歩き見渡していくうちに、ここにいる事がだんだん辛くなってくる。ここはコスがメインであり、お仲間同士で集まってワイワイ盛り上がろうというコンセプトだ。それだけに外から入りこむ余地は無く、余計みじめな気持ちになる。分かってはいたけれど、私のような独り者には非常に居心地の悪いイベントである(実際受けた精神的ダメージはその後何日か尾を引いてしまい簡単には立ち直れなかった)。だからこそ事前に上に書いたお願いをしておいたのだが。そんな事もあって、写真を撮っても掲載許諾を取る気にもなれなかったのでこの分の写真の掲載は行わない。

 遊園地の閉園時間を過ぎてからジオポリスに移動。ダンパは階段の途中の所で見ていただけ。でもまぁ会場の様子を見る分には楽しいので。これは私自身、人の笑ったり楽しんだりしている表情を見るのが好きという事もあるが。9時を過ぎた頃、ジオポリスを出て更衣室が空いているうちに着替えて帰った。


その後の4月

 ふとした事から社内用の組織図を見る機会を得る。すると私は3月の人事異動でゲーム部署から離れていたのだった。そんな事は全く知らないぞ。席を移されたとは言え、辞令といった通告も無く、ひっそりとそうゆう事をする会社なんだなここは。で、現在の所属はビジネスソリューション事業部。「こんな仕事があるから出来る人を募集」する会社と、「こんな人材いるから仕事くれ」という会社との橋渡しをする、いわば仲介業みたいな部署だ。私も技術者として所属しているのだが現在社内失業状態。やっている事と言えば電話応対や各社からやってくる案件・人材情報の整理や取引先へのFAX送信などの営業補佐、社長がピックアップした新聞記事のスクラップ作成、その合間に技術習得のための学習…。まぁ組織図には総務部とも兼部している事にはなってるけど。


2000/05/01

 GWに突入し、世間では9連休の所もあるのだろうが(有給取ったとかいうのは別にして)、ウチの会社は暦通りの出勤なので5連休。


2000/05/04

 数日前、使っていたMOがイジェクトピンを使ってもドライブから取り出せなくなる故障に見舞われたので横浜ソフマップに修理に出す。既に保証期限は過ぎており、相当の修理代を覚悟するよう言われる。確かに修理に出すより新たに新品を買った方が安上がりになる事はよくある。そこで店内でMOドライブの相場を調べると230Mもので約28000円。640Mものは36000円位だった。どちらにしてもこれだけの出費は痛い。


2000/05/05

 ビッグサイトへ行く。メインはゲームコミケ。カメラ登録に時間がかかるのは毎度の事なのでまずサークル内を一通り回ってみるが、やはり今回も通路がスカスカで、売り物もめぼしいものは無い。一方でコスプレスペースは大混雑ですっかりそっちがメインのイベントになっている。サークルスペースの通路を狭めて稼げた空間に会場奥側のサークルを押し込み、コスプレスペースを広げた方が現実的だ。その一方、別のホールではオリジナルONLYイベント「コミティア」が開かれており、カタログが完売してフリー入場となったので入場してみる。

 コミティアは20年くらい前のコミケットの姿を巨大化させたようなイベントで、数ある即売会の中でも徹底した実力主義を掲げている。例えばカタログに参加サークルの作品批評やアンケートによる売上分布図を掲載したり、プロ作家を招いてのワークショップを開講するなどでサークル側に刺激を与えている。とりわけ今回はウルトラジャンプの原画展示に加え移動編集部(持ち込みや作品批評を受け付ける)を設置していた。こうしたスタッフ・サークルの向上努力によりオリジナルと言う一見地味なジャンルでも毎回全国から1000サークル以上を集め、1ホール丸々使ってもどのエリアも盛況で、これこそが即売会のあるべき姿だと感じる。でも私は何も買わなかったけど。

 一方ゲーコミはどうか。キツイようだけど作家のレベルはおしなべて低い。よく見本誌をパラパラとめくって見るが、絵も話も総じて稚拙でわざわざ金を出してまで読もうとはとても思えない代物が多々ある。また、こうした人達はゲームを楽しむ事のバリエーションとして同人誌を作っている場合が多く(だから画力を鍛える時間があるならゲームをするだろう)、自らの作品に対する向上心が見られない事も珍しくない。優れた作家のいない所に良い読者は来ないし、良い読者のいない所に優れた作家は居付かないという悪循環の典型である。即売会としてスタートした筈のゲーコミが事実上のコスプレイベントに成り下がった背景がそこにあるのだろう。

 さて、私が今回ゲーコミに来たもう一つの目的は、ある人(後楽園の時とは違う人)に会う為。かねてからその人に頼まれていた事を果たそうと事前にメールでやり取りしておいたのだ。が、指定した場所に来てもその人らしき姿は見当たらない。会場内のホワイトボードにも30分おきにここにいると書き込んでおき、会場回りをしつつ時間毎にその場所に行ってみたが、結局会う事が出来なかった。

 コスの方だが、上に書いた通りコミティアとのハシゴや待ち合わせチェックをしていた関係で長時間居られず、撮りたい人がいてもチェックの時間が来たりで撮る機会を逸したりもして結局撮ったのは既に載せた3人だけ。


2000/05/08

 普段は私服で出勤している私だが、新たな仕事をゲットすべく面接があるのでスーツで出社。昼過ぎに共に面接を受けるメンバー数人と都内某所の某会社へ。メンバー1人ずつ面接していく方式で、だいぶ待たされて私の番。面接官は予め渡されている業務経歴書をもとに話を進める。今回の案件は某大手企業の工場管理システムのPCへの移植業務。だが今までここに書いた通り私の実務経験はPS用ゲームソフト2本のみ。具体的な担当部分や総ステップ数(記述したプログラム文の行数の事)、「シナリオを書く気はあるのか?」なんて事も聞かれたりした。要した時間は他の人に比べて短く、こりゃまたダメかなといった感じ。


2000/05/09

 この日は私服で来社。いつものように雑務をしていたら外出中の営業から電話。すると今日面接したいというオファーが。あまりにも突然だし私服だと言って一旦切る。しばらくしてまた電話がかかり、私服でもいいからと面接の段取りを伝えられる。昼食後、秋葉原駅に行って取引先の女性と落ち合いそのまま客先へ。手応えはやはりイマイチだった。

 帰社後の夕方、積み上げられたGW中の新聞に目を通し、例のウィルスの記事を見てふと「これをネタに『LOVEマシーン』の替え歌作れねーかなぁ」と思う。私には無理だけど。んでも、しかるべきサイトを見れば多分誰かが作って発表しているんだろうなぁ。きっと。


2000/05/21

 愛機VAIOでFT用文章を打ちつつビデオに録っておいた『探偵!ナイトスクープ』を見る。今回から探偵局長が代わるので注目に値する。新探偵局長は上岡龍太郎をマネた間寛平…でも実際は全探偵の交代制で、顧問のキダタローの一存で決めるらしい。私はキダがやると予想してたんだけどまぁ、それはそれ。最初の依頼「日本でカポエラを極めたい」では途中のイメージ映像が笑え(探偵が松村だけに(^_^;))、次の「壊れた蓄音機を直したい」は小枝が暴れつつも蓄音機の専門店で修理して貰い、かけたレコードが素晴らしい音質で演奏されるという(モノラルテレビで見ていても、それは充分伝わる)結構いい話。この依頼はリーフサウンドスタッフCHEMOOL氏の個人サイトで事前に知っていたのだが、この回の本場関西での放送日だった4月28日はリーフの新作『まじかる★アンティーク』の発売日でもある事に触れ、私も「ABC狙ったのか!?」と邪推。最後の「生まれて一度も体がつった事が無いので自分の体をつらせたい」は途中から何だか違う方向へ向かって行くが、結局依頼人の足の筋肉は“つりにくい”構造になっていた…でおしまい。それにしてもこの番組、関西では毎回高視聴率なのは有名だが、関東では放送時間帯がコロコロ変わる事に見られるように通用していないのは明らかで、むしろ「関東在住関西人」の受け皿という感じ。やはりこの“バカさ”は関東人の感覚には受け入れられないのだろう。関東は電波少年に代表される“ヤバさ”が受け入れられる要素だと思われる。逆に関西では受け入れられていないらしいけど。


2000/05/25

 スーツで出社し、社長に連れられて某社へ面接へ。仕事の概要の説明された後、質疑で英語力を問われたりして(その仕事のマニュアルが英語なので)今回もダメダメ。私の英語力など中学生以下だし(おまけに筆記体読めない書けない)。  給料日なので帰社時に銀行へ寄って金を下ろす。午後に本社で総務から受け取った明細書を見て改めて

安 安 安 安 安月給 あーー安月給
ゲッキューーー!!


なお、これは「マイコンBASICマガジン(電波新聞社)」の「読者の闘技場」に載っていたネタである。そして来月分からは更に住民税が圧し掛かる(泣)。これで今後生活できるかマジで不安(-_-;)。


2000/05/28

 やっぱりVAIOでFT用文章を打ちつつ雷波少年を見る。特に今回は絶対に見ておかねばと思っていた。先週中日が10連勝したので中日ファンの顔と名前が公開されるからだ(これ、一部の人には重大ニュースかも(笑))。その中日ファンの名は…

 …なるほど。今度この名前をサーチエンジンにかけてどれだけヒットするかチェックしよう(笑)。個人的には巨人・中日両方のBクラス入りを期待しているのだが(爆)、首位攻防の展開も面白そうだ。なんかこの企画でペナントレースを楽しんでるなぁ>俺 それよりベイスターズどうした。

 深夜、例の中日ファンの名をサーチエンジンにかけてみる。まずinfoseekから。3件ヒットした。その内容は沢山の若手芸人の合同ライブの告知ページ。続いてgooにもかけると同じく3件ヒット。こちらは明らかに所属事務所のページで当人のプロフィール欄に辿り着いた。残る興味は私と同じ事をする人間がどれだけいるのかという事だ。


2000/05/30

 退社する際、いつも一緒に仕事をしている営業に「おごるから」と、近場の居酒屋で飲みに行かされる。普段酒は飲まない私だが(毎月行なわれる親睦会では皆が酒をあおる中自分だけコーラを飲んでいるくらい)今回ばかりはビール大瓶1本(+小料理)を平らげるハメに。おかげで店を出る時にはほろ酔いはしたであろう、視点が定まらなかった(でも意識はハッキリ残ってはいた)。


2000/05/31

 修理に出したMOドライブの見積もりが完了したとの連絡を受けていたので会社帰りの公衆電話で確認の電話(プッシュホン専用で、ダイヤル回線の我が家では確認出来なかった)。修理代を聞くと3万円オーバー! 迷った末私が選んだ道はキャンセルして新品を買い直す事だった。それでも5千円以上のキャンセル料が襲い掛かる事に。昔知人に言われていた事だが、この手のものは安物買いしなくても銭を失う。壊れたら下手に修理に出すよりも潔く処分した方がいいようだ。


2000/06/05

 会社帰りにソフマップで2台目となるMOドライブを購入。640MBものも購入の視野に入れてはいたが、やはり高額なので1台目と同様230MBものを選択。今回はワランティ(総合保証)にも加入しておき、3万円パッと払う。ワランティへの加入を尋ねず、こちらから言ってようやく取り持つ態度にはチトむかついたが。これには先日の故障の件(+修理代の高さ)に加え、ハードは本当に信用のある所で買わねばという教訓も含まれている。それにしてもこの出費は痛い…。


2000/06/06

 家に帰ると修理に出すも結局キャンセルした旧MOドライブが家に届いていた。キャンセル料は母が立て替えているので早よ払わねば(泣)。


2000/06/07

 出社して間もなく面接を受ける為まず秋葉原駅で待ち合わせ。担当者に連れられて来たのは某ゲーム会社。応接室に通されるとまず開発スタッフ2人による技術面接。事前に通達されていた、過去に自分の手掛けたプログラムのソースコードを提出し、仕事内容の説明や提出した職務経歴書を元にした質疑応答などを行なった後、今度は社長面接。こちらは経歴書を元にした質疑応答を中心に、開発スタッフとしてのチームワークを問うもの。前者では毎度の事ながら吃って上手く話せなかったが、後者は特にそんな事は無くきちんと話せたので、感触としては五分五分といったところだろう。終了すると担当者と別れて私はそのまま帰社。結果は今週中には出るそうだ。


2000/06/08

 昼休みに銀行へ行き、MOドライブ代や夏用スーツ代を下ろす。これで今月分の貯蓄がゼロに(;_;)。更に夏場は何かと入り用なので金が貯まらない。そして晩秋には引越し&一人暮しが待ち構えている。今住んでいる家は父の勤める会社の社宅なのだが、その父が今年の11月に定年退職するのでそれまでには引き払わなければならない。ボーナスも昇給も無いこの状況下でまともな生活が出来るのだろうか…。


2000/06/09

 夕方、営業から一昨日受けた面接の不合格が伝えられる。理由はスキル不足と面接時でのコミュニケーションが弱々しかったからとの事。


2000/06/16

 会社でBIGLOBEのHPを見たらパーソナルHPで使える容量の上限が倍に引き上げられた事を知る。そんな事するぐらいなら無料で使える容量を倍にしてもらいたいものだ。


2000/06/18

 昼過ぎ、私用で芝公園界隈へ。それを済ませると折角来たからと東京タワーの展望台へ。まず高さ150mの大展望台。各方向の窓を見渡し初めて見る景色を堪能する。でもさすがに横浜のランドマークタワーは見えず。そして天気はさほど良くなかったので渋谷・新宿・池袋の高層ビル群は霞んでおり、残念ながら富士山を拝む事は出来なかった。そして今度は更に100m上の特別展望台に。昇るエレベーターに少しドキドキしながらも、着いた先はもう(私の表現力では)言葉にするのが難しいほどの素敵な眺め。東京ドームの屋根や皇居の建物の一部など、先の展望台では見えなかったものが見えるようになり、格別の感がある。いつまでもここにいたい気分であったが、そうゆう訳にもいかない。5時半くらいになった頃、展望台を降りる。途中で中のゲーセンに立ち寄り、久し振りに「ワニワニパニック」をやってみる。結果は93点で2回噛み付かれるという不本意な結果。地上に出るとそのまま浜松町駅まで歩き、横浜駅界隈を少し歩いてから帰った。


2000/06/20

 会社の帰り、横浜のビックパソコン館で携帯を購入。機種はIDOのcdmaOne2・C301T。6月の基本料値下げとかねてから狙ってたこの機種が1円化した事、そしてちと思うところもあり試験的に持ってみる事にした。取り敢えず家族や会社関係者、知人達に番号を徐々に教えて行く事にしよう。ただ携帯は「かかってきてナンボ」だと思っているのであまりかかってこないようなら解約するつもりでいる(そのための1円端末でもある)。取り敢えず次のTGSまでは様子を見る事にしてみる。


2000/06/23

 会社で突然午後7時から面接が入る事に。行ったのは名前を出せば誰でも知ってる某有名企業。そして玉砕確実の手応えで家へ直帰。


2000/06/25

 午前、かねてから少しずつ進めてきた(?)ここのリニューアル更新を行う。主な内容は名称とトップページデザインの変更。前者はかねてから自分の名を前面に出すのに気を引けてたし、見る側にとってもあまり気分のいいものではないなと思っていたから。今のところ基本的なコンテンツは変わらないものの、今後の更新で新しい試みをやってみたいと思っているのでまぁ見てて下さいな。


2000/06/26

 昼休み、昼食を買って会社に戻ると間もなく面接があると聞かされる。食べてから行くので少し待ち合わせの時間を繰り下げて貰い、このあまりに突然の通告に腹を立てつつ会社を出る。向かった先は水道橋。会社の担当者と落ち合い、数分歩いた所にその客先の会社がある。着いたら早速面接に入り、いつもと大して変わらないような事を聞かれる。この時の私は調子が良く、聞かれた事に対して不思議にハキハキと答えられ、結果、その場で合格が決まり翌日からこの会社に通う事になった。今回の勝因を考えてみると、こちらの担当者の(自分のスキルに配慮しての)根回しもあったろうが(^_^;)。何か公共事業入札の談合みたい(笑)。

 6時を過ぎ、今回の仕事で使うマシンを本社から先方までタクシーで搬入し、定期の区間を切り替えてそのまま直帰。


2000/06/27

 9時に先方の会社に出社。まず搬入した機材を指定された席にセッティング。でもスペースがかなり狭く、しかもそう広くない部屋に十数人がひしめき合って非常に窮屈。今回の仕事は「某金融システムの機能追加」。これまでゲームの仕事のみをやっていた私にとっては初めての業務アプリの仕事でもある。当然スーツ着用のまっとうな会社(まぁむしろ本社や今までの職場が私服だったのが変だと言われていたけど)。本日は予め持って来たソフトをインストールするなどの環境構築を中心に行う。


2000/06/28

 前日の環境構築の続きとして社内LANのネットワーク設定を行う。前日分に書いた窮屈さに加え、客先で隙を見せられないので神経使うし外(ネット)に繋がっていない環境とあって、短期の仕事ながら早くも本社が恋しくなる。さっさと終わらせて早く本社に戻ろうと本気で思った(^_^;)。


2000/07/04

 夕方頃から激しい雷雨が降っているのが分かる。定時を過ぎて会社を出ると物凄い雨量。一応折り畳み傘は持って来てはいたがほとんど役に立っていない。歩く度に靴の中がグチュグチュして気持ち悪い。駅に着く頃にはすっかりずぶ濡れ。東京駅の地下通路では至る所で雨漏りがしており、駅員が対処に追われている。この生理的嫌悪感は昨年の夏コミでのあの豪雨を思い出す。


2000/07/08

 昼、近くの公園で3km程のジョギングをしたらもう汗だくだく。家族を前にしてさっき着たばかりのTシャツを脱いでたら兄に「お前、太くなったなぁ」と言われる。「太った?」と返すと「いや、太ったっていうんじゃなくて」と言う。まぁ休み休みながらだいぶ前からジョギングや筋トレをやっていたからその成果の表れなのかも知れない。あと気になるのは腹の辺り。やっぱ腹筋が見えるようにはなりたいなぁ。うん。


2000/07/09

 夜行バスを使って1日香川県へ旅行。ふと目が覚め、車窓から瀬戸大橋の上からの瀬戸内海の島々を眺めつつ(四国へ渡るのは3度目でいつもこのバスを使うのだが、このへんはいつも同じ調子だ)降りる準備をして停車場へ。朝、玉藻公園(高松城跡。海水をひいて作った堀が特徴)を見てから高松の市街地を歩き(高松駅周辺は市街地の反対側にはすぐに山々が見え、ひらけてるんだかさびれてるんだか分からない光景だった)、讃岐うどんを食べ(^_^;)、以降坂出・丸亀と電車を乗り継き、合わせて三市にまたがる行程。最後坂出駅で時間が余って近くのゲーセンでDDR3rd(5曲設定)をやったりしながら帰りの便を待つ。行きと同様夜行バスで帰路に着いた。


2000/07/10

 朝6時、夜行バスが横浜駅に着くとそのまま家に帰る。シャワーを浴びてから体重を量ると、出発前より500g落ちている。現地ではドリンクを少なくとも2リットルは飲んでいたのに…。まぁ一日中歩いたらそれだけの脂肪が燃えたと言う事なのか?

 本日は会社の健康診断。内容は昨年と同じく尿・血液の採取に身長体重血圧視力聴覚の測定。そして肺のレントゲン撮影に医師の診察。身長は1ミリも変わらず(・_;)、体重では前回より2キロ近く増えていた。今朝のは一体なんだったんだ(爆笑)!! まぁ筋肉で増えた体重という事にしておこう(笑)。あとは相変わらずといったところ。


2000/08/05・06

 死ぬまでに是非行ってみたかった所の一つ、北海道へ2日間旅行。だが仕事の状況を見定めてやっと日程を決めたのは今から2週間くらい前。この時期北海道への航空チケットは取りづらく、やっとの思いで取れた便が行きはANA、帰りは7日朝8時発のエア・ドゥという変則的なものだった。運賃も往復42000円と、覚悟はしていたと言え非常に堪える。

 朝6時ごろに家を出て京急を乗り継いでまず羽田空港へ。受付カウンターで搭乗手続きを済ませてからしばらくは周辺を散策。搭乗ロビーに駅の改札のようなゲートを経て機内へ。座席が中央側の、通路を挟んだ場所なのが残念。今までに夜行バス・新幹線・ブルートレイン・船には乗ってきたが、飛行機は初めてで今までにない高揚感が私にはあった。機体が滑走路に入り、加速して浮上したところで「うおぉー」と頭の中で小躍り(^_^;)。目の前のスクリーンには機体に取り付けられたカメラで外の風景が映し出されてはいるが、所詮スクリーン。迫力は感じない。座席から離れた窓を覗いても見えるのは翼と雲だけ(;_;)。機内サービスのオレンジジュースを飲んでいるとスクリーンに『ピカチュウピチュウでチュウ』を上映していたので折角だからと見る。さすがANA(笑/でも私が乗ったのは「ポケモンジャンボ」じゃないから。念の為)。10時半ごろに新千歳空港に到着したが、雨がぱらついているのが残念。

 まず始めにした事は「お土産品のリサーチ」。私はあまり土産は買わない方なのだが、北海道へ行く事を知った家族にあれこれリクエストされていたのと、スケジュールの関係上空港の売店でしか買えない(しかも数分で事を済まさなければならない)からだ。兄ご希望の「レーズンバターサンド」を確認し、母ご希望の「ハスカップもの」を何にしようか物色してる途中、ハスカップワインを専門店で試飲したら割と口当たりいいかもと思ったが、私を含めて家族に酒飲みはいないのでパス。食材の魅力を生かしたものをとジャムに決定。

 電車で空港を離れ、札幌駅に着いた時には雨が止んですっかり観光日和に。テーマは「北の大地に触れる旅」と言う事で、この2日間で訪れた場所を箇条書きで紹介する。

野幌森林公園札幌市の端にある緑豊かな公園。シンボルである百年記念塔から見る景色は大地の恵みを感じさせる事請け合い。でもこの塔は24階建てくらいの高さなのに一般人が登れるのは8階までで、そこから上は管理の人間しか行けない。
瑞穂の沼↑敷地内の、原生林・植樹林が入り混じった道を2キロ程歩いたところにある。そこはとても穏やかな佇まいで、ただいるだけでも心が和む。
北海道開拓村(入口のみ)同じく森林公園の敷地内の、開拓時代の北海道をモチーフにしたテーマパーク。でも有料施設なのと、当初の予定に無い場所だったので中には入らず。
羊ヶ丘展望台クラーク博士像でも有名な道内屈指の観光地。私が訪れた時牧草地に羊は放牧されておらず、駐車場スペース端の羊小屋に集められていた。展望台からは建設中の札幌ドームが見えてて結構良かった。
札幌時計台いわずもがなの札幌のシンボル。行ったのは夜でライトアップされており、写真を撮りまくる観光客でごった返していたが、実際見たら思ってたよりこじんまりした感じだった。
大通り公園この日は「さっぽろ夏祭り」が開かれていて屋台や特設ビアガーデンがたくさん出店されていた。テレビ塔のライトアップも東京タワーとはまた違った趣があっていい。
ススキノ札幌の歓楽街。でも東京(横浜)に馴れた者としては全然刺激が無い。
モエレ沼公園ここがこの旅の穴場かも知れない。生い茂った芝生の広場もいいがポイントは何と言っても「プレイマウンテン」と呼ばれるピラミッドをあしらった人工の山。その頂上から眺められる360度パノラマ(!)による札幌の景色が実に素晴らしく、北海道へ行ったならば是非寄って欲しい所だと断言できる。


 こうして見ると少ない…。まぁかなりのタイムロスをくったりして思うように回れなかったのが悔やまれる。他にも藻岩山とか小樽にも行ってみたかったんだけど…。


2000/08/12・13

 両日コミケ。でも最終日は生憎の雨模様。いろいろ回っていてもやっぱり最後は友人のスペースでダベりながら閉会を待つのは恒例化している(核爆)。

 コミケ最終日から家に帰ると田舎から上京中の従姉妹のKちゃんがいた。家に来るのは知ってたがスケジュールが合わずに会えないと思ってたのでちと驚き。で、夕食はKちゃんたっての希望で新横浜ラーメン博物館でする事に。そういやここ来るの初めてだ。館内に入り、地下に降りると雑誌で見た通りのノスタルジックな風景がこじんまりとしながらも眼中に飛び込んでくる。で、選んだのは札幌ラーメンの店。1週間前札幌へ行ったのに食べなかった札幌ラーメンを横浜で食べるとは…。そこは一番人気の店で1時間以上待ちの行列が出来ている。並んでる間、Kちゃん+弟と近況などの話をする。その中で聞きたかったのはやはり昨年結婚した旦那さんの事。髪を染めて反町隆史を気取ってるとか、桜坂に行きたいとのたまってるとかいう話を聞く。いよいよ店内。私が注文したのは醤油ラーメン。食べてみたらとにかくスープの味が濃い。Kちゃんが注文した味噌ラーメンのスープも勧められて飲んだがこちらも同様。とにかく強烈かつ独特の味わいだった。


2000/09/12

 この日から1週間ほど休日無し・二交代制の夜勤(午後9時から翌朝10時まで)生活にシフト。


2000/09/22

 契約満了により水道橋での仕事が終了。


2000/09/23・24

 TGSを見に幕張メッセへ。実は行けるかどうかギリギリまで分からなかったので前売券は買えず。今回の展示物にこれと言ったものは無かった。


2000/09/25

 本社に戻ってホッとしたのも束の間、ゲーム部署が抱えている仕事が追い込みに入り、ヘルプとしてゲーム2本の開発を並行してこなす。担当したのはアニメデータの作成だが結構プログラミング的思考が要求され、いろいろ計算しながらデータを打ち込んでいく。さらにそれと並行して次の仕事を取るべく面接を受けては落ちる日々がほぼ休みなく3週間ほど続く。


2000/10

 ゲーム部署での休日出勤・会社寝も伴うヘルプ作業から開放されたのとほぼ同じ頃、次の仕事が決まった。あとはどんな生活状態だったかほとんど覚えていない(爆)。


2000/11

 今月から職場が川崎の西の方(そこは郊外の住宅地であり、具体的な地名は明かすと現場が特定される恐れがあるので書かない)に。駅前で担当者に今回私と同じように別の会社から送り込まれた女性、Fさんを紹介される。彼女はまだ20歳の専門学生で、インターンという形で今回の仕事を行う。二人が組み込まれたプロジェクトは「某課金システムの開発(の一部)」。席は二人とも円卓状に並べられた長机で、マシンはかなり型の古いノートパソコン(Pentiumクラス)。ちなみにネットはこの会社が交付したアドレスでのメールしか使えない。そしてこれが地獄の始まりだった。二人とも「基本的に残業は無い」と言われて来たのに実際にそうだったのは最初の週だけ。その後はほぼ確実に終電の時間まで仕事して(仕事量と自分のスキルからしてそのぐらいやらないと納期に間に合わない)、11月で休めたのは最初の3連休と12日の計4日間だけ、勤務時間にして約250時間ほどだった。

 家の方ではこの頃から父が会社へ行かなくなる。22日付での定年退職を受けて、今月に入ってから全有給を一気に使ったからだ。今の家はその会社の社宅で、父親の故郷に建築中の新居の完成を待ちつつ家族全員の引っ越しを準備を進めている状態だ。一応退職しても3ヶ月の猶予期間があるが、それに甘える訳にもいかず、仕事と同様一刻を争う状況。でも今の勤務状態じゃ不動産屋にも物件にも行けん…。


2000/12/10

 かねてからネットや情報誌でやっていた新居探し(と言うよりあたりをつけたエリアの相場チェック)。やっと取れた休みの今日こそ決めようと父を巻き込んで川崎駅ビルの不動産屋へ。そこで場所・間取り・アクセス・周辺環境どれをとっても申し分無く、家賃も納得できる物件を見つける。早速不動産屋に現地を案内して貰い、実際の物件を見てもその評価は変わらず、とても気に入った。不動産屋に戻って早速仮契約手続きをして帰った。


2000/12/11

 終電で最寄駅で例によって迎えにきた車で父親から前日決めた部屋がほぼダメになった事を聞かされる。何でも不動産屋の話だと家主が「女性に貸したい」とゴネたらしい。これには頭にきた。それなら募集の段階で入居条件を「女性限定」と明示すべきであり、仮契約までした段でいきなり「男にゃ貸さん」では筋が通らない! 不動産屋もそう言ったようだがその家主が相当に変な人らしく、あーだこーだとグダグダ言って全然話にならないとの事だった。ただでさえ仕事も引っ越しも一刻を争う状況なのに…。私にはもう部屋を探す時間は無く、全て親任せにせざるを得なくなってしまった。自分に出来る事はもう「洋間1Kで、駅から歩いて行けて、家賃は6万以内」という希望を親に伝える事だけだった。


2000/12/12

 会社で仕事しながら同じ机のスタッフに昨夜の事をぶちまける。「家主が相当に変な人」とまで話がいくとFさん「お風呂に隠しカメラでもあるんじゃない?」。それは私もあの話を聞いて思った事だ。やっぱ考える事は同じなのね。そこから半ば叩きに近いような笑い話に発展したのは察していただけるだろう。ところでFさんの机の脇に『バトルロワイアル』が置いてある。この勤務状態にも関わらずよくあの分厚いの読んでいられるよなぁ(その後、ものの数日で読了したようだ。普段小説を読まない私だったら1年はかかりそうだ)。


2000/12/15

 会社の忘年会に出るため本社に寄ると、しばらく来てない間に従業員が増え、自分の席が消え(まぁ客先へ常駐してて普段本社に来ない人の席は無いのが通常だけど)、東京めたりっく通信の代理店を始めたりもしたらしい。そこで初めてボーナスを受け取る(給料は銀行振込だがボーナスは基本的に現金)。でも5桁。来週から暮らす新居の1ヶ月分の家賃にもならない。会場は神田の広島風お好み焼き屋。でも皆箸が進んでおらず、料理がかなり不評の様子。ボーナスの話題が出て「これじゃ海外旅行は無理だ」とか「他の会社へ行ってる友達は『30万でも少ない』とぬかしてた(-_-#)」など。「来年の今頃はバラ色になるらしい」の声が出ても誰も信じようとはしない。普段酒を飲まない私も今回はビールを中コップ大で一杯飲む。でも帰りの途中から頭がガンガンした。明日も仕事なのに。


2000/12/19

 会社を休んでいよいよ引越し作業。午前中はガスの接続工事に立ち会うため身一つで初めて親の決めた(まぁ、いくつかの物件案内を見せられて「これがいい」と言ったので一応自分の意思も含まれてはいるが)新居に入る。部屋は3階建てマンションの1階。洋間の1Kで間取りもそこそこ。駅から徒歩2分程度と交通の便は申し分無い。だが、日当たりは最悪! 南向きの窓のすぐ前にビルが建っていて部屋に陽が差すことは殆ど無い。家に戻り、数日かけてダンボール箱に詰め込んだ本やCD、衣服、パソコン、親から支給された生活用品などをまとめる一方、ファミコン系機材(本体・ファミリーベーシック・データレコーダ・壊れたディスクシステム・ソフトの箱・「とびだすメガネ(兄に「伊集院に寄付しろ!」とツッコまれた)」)や“資料”と称して取っておいたコミケカタログや何故か残っていた10年以上前のファミ通(まだ「ファミコン通信」という名前だった)など、タコが自分の足を切る思いで捨てた物も大量にある。運搬は業者を使わず父の運転する車でピストン輸送。家から新居まで片道約30分。それを3〜4回くらい繰り返す。作業は深夜にも及び、全て終わったのは午前3時くらい。父は帰るが私はここに残り、フローリングの上に布団を敷いてそのまま寝た。


2000/12/20

 午前中に電話回線の取り付け工事に立ち会い、午後から出社。両親がこの日の完成をアナウンスされていた新居に即日で引っ越して、今度こそ本当に家族が散り散りになる日。本当は早めに「最後の帰宅」をしてちゃんとお別れをしたかったのだが、仕事の状況がそれを許さず、家族とは電話で別れの挨拶をした。


2000/12/24

 日曜なのに午後から仕事(泣)。会社では女性スタッフのHさんが皆にと買ってきたブッシュ・ド・ノエルをほおばりながら、いろいろふざけながら話をしてた。でもこのあたりからFさんが会社に来なくなる。


2000/12/28

 この日は仕事納め、そして契約期間終了でこの生活(会社)とおさらばする日。細かいデバッグと引継ぎのための書類作りを並行してこなす。午後6時を過ぎたあたりから私物をまとめ、今回お世話になったスタッフ達に別れの挨拶をして退社した。このまま家に帰ってもいいのだが、納会出席のため本社へ。納会と言ってもただ飲み食いしたり遊んだりしてただけだけど。


2000/12/29

 冬休み早々冬コミへ。並びたくないから遅めに行ったけど1時間近く並んだ。いつものようにゴミ箱からカタログを取り出し、少しサークルスペースを回ってから何度目かのテリーのコスをしてコスプレ広場へ。そこで予想通り紗夢をやってたしずくさんに会う。永いことHPを更新してないのをツッコまれるかと思っていたら、やっぱりツッコまれた。その後トルネコのコスをした人に写真撮影を求められたのに続いて明日も来るのかと聞かれたので、来るけど私には衣装はこれ一つしかないからコスはしないと答える。するとその人はトルネコのコスを一貫して2年やっていると言う話をしていた。確かに私もDQMにハマったのが高じたところもあるが、「自分が出来るキャラだから」という理由の方が大きい。こればっかでも何だなぁという気持ちもあり、他キャラへの転向も考えるのだが、他に自分が出来るキャラが見当たらない現状に悩まされているのも事実。コスを「コミュニケーションツール」と考える私はこのマンネリに危機感を抱きつつも、突破口が見出せないでいる。

 帰りに近所の家具屋で引っ越し以来の懸案だった本棚を6000円払って買い、そのまま家に持ち帰る。これが本日一番の買い物だ。早速組み立てて本を並べたらダンボール3箱を空にする事が出来、一気に部屋の整理が進んだ。


2000/12/30

 前日と同じく。この日コスはせず。サークル回りもコスプレ広場もそこそこに、3時を過ぎたら友人のいるサークルスペースで菓子や野菜ジュースを頂いたりなどやりたい放題やってそのまま終了。友人は別の集まりで飲み会があるそうで、私はそのまま一人で家に帰った。


2000/12/31

 カウントダウンは例年通り家でテレビを見て各チャンネルをつまみ食い(笑)。21世紀になった瞬間に合わせていたのは地元TVKだった。いつもの私なら日テレの『いけ年こい年』になってる筈だが「例のアレ(笑)」があって締りがなかったので。


2001/01/01

 年が明け、21世紀を迎えた訳だが、喪中につき新年の挨拶はあえて遠慮する(それでも数人に平気で年賀メール出してたけど)。ちなみに今年の年賀状はゼロ。年賀メールも1通来ただけだった。


2001/01/03

 新築間もない親の新居(あえて「実家」とは言わない。あそこは親父の故郷であって自分の故郷ではないので)の正確な住所を知らなかったので電話(携帯の着信履歴から電話番号は知ってた)。出たのは兄貴で、弟もいるので「帰ってないのお前だけだよ!」とどやされる(後日来た弟からのメールによると、向こうの家はかなりデカかったってのと、田舎でやる事ないのでずっとPS三昧だったらしい)。


2001/01/08

 以前掲示板でちささんに持ちかけられていたヴァンパイアオンリーイベント『ダークストーカー』へ。家を出てからちょうど20分で会場のPioに到着。また準備中だったので一旦会場を出て久し振りの蒲田を散策してからまた会場へ戻るとしずくさんと、彼女の掲示板の常連(彼氏?)である伯爵ことMNさんが来ていた。彼とは初対面なのでしずくさんがお互いを紹介してお初の挨拶をする。相変わらず我々以外ほぼ無人状態。テレビにはクロニクルのプレイを録ったビデオを流している。こんな状況に「どうせなら大会やればいいのに」「総当りでも大丈夫じゃない」などといった話になる。んで、しずくさんが着替えている間MNさんと話をするが、とても感じの良い方でこちらの問いかけにも気さくに応じてくれた。途中GGXとPSOの話題に移るが、そもそもレベルが全然違い、こちらからネタが振れないのでどうにも噛み合わない。私が話す事はどうにも間が抜けてばかりで印象悪くちゃったかな…。そうしているうちにモリガン姿のしずくさんが再登場。備え付けのイスに三人並んで座っていると、しずくさんに「ちささん撮りに来たんでしょ」と言われてしまい、こちらも「そうですね…」と席を立たざるを得なくなった。そうでした。自分の立場をわきまえていませんでした。そうゆう訳で様子を伺い、タイミングを見計らってちささんに話しかける。とは言ってもきちんと話をした事がなく、ずっと前に一度写真を撮っただけの関係なので何を話していいのやらさっぱり分からなかった。ただ声をかけて写真を撮らせてもらっただけという感じだったかな…。イベントの方は徐々に人が集まってきて、即売会としては完全に破綻していたが、コスプレイベントとしては何とか形にはなったと言える。スタッフは間をつなぐべくヴァンパイアのOVA全4巻を一気に流した後、DCを出してクロニクルによる野試合で切り抜けていた。その中でMNさんとしずくさんによる対戦が行なわれ、結果は2回ともしずくさんの勝ちだったが結構いい勝負を展開していたと思う。 先に2人が帰った後、再びちささんと少し話をしてから私も一人Pioを後にした。このHPを作って3年になるが、いくらこのようなHPを作り、自らもコスプレしてコスプレイヤーとのコミュニケーションを図ろうと、知り合いになれる(面識を持って貰える)のはごくわずか。それもイベントで少し話が出来るだけなのが関の山で、そこから先の交流は出来ないというのを再確認させる事にもなった。それ以上踏み込もうものなら当人や周囲の人に勘違い野郎とかストーカー呼ばわりされるのがオチだろう。はぁ、自分で書いてて悲しくも虚しくもなったよ。


2001/01/09

 長かった冬休みも終わり、今年の仕事始め。だが起きた時には10時を過ぎており、大慌てで秋葉の本社へ。昼頃に新たな現場として、前回の仕事の窓口でもある永田町の某社へ。聞けば前の現場で一緒だったFさんはやはりギブアップしたようだ。泣きながら「もう来たくない」と言って…。まぁ、まだ学校を出てないうちからいきなりあの生活を強いられちゃ耐えられないか。今まではずっとC言語の仕事だったが今回はVB(「Visual Basic」マイクロソフトのソフトウェア開発ツール)。前に本社で勉強として使った事があったがかなり忘れている(^_^;)。取り敢えず具体的な指示が出るまでVBの使い方をおさらいして、午後6時を回ったところで本日は退社。折角だからと永田町を散策。社民党の本部とか最高裁とかTOKYO−FMの局舎などを見て回っていた。


2001/01/10

 永田町は場所柄オフィスばっかで近くにメシが買える所が殆ど無い。昼休みにリサーチしてみると永田町駅前のマックとタイトーの隣のampmしかないという結論に達する(-_-;)。終業時間が過ぎて会社を出ると、赤坂見附へも歩いて行けるからとTBS局舎周辺を散策(爆)。あとはそのまま帰るつもりだったが何故か六本木のアークカラヤン広場&テレビ朝日放送センターへ辿り着いていた(核爆)。俺ってここまで方向オンチだったか!?


2001/01/11

 会社が終わって家に帰り、テレビ見てる途中で本社から電話。こんな時に電話すな! おかげで電話中はテレビを消すはめに。内容は「新宿の現場で一人欠員が出たからそっちへ行って欲しい」。今の仕事の事を話すと、その仕事の窓口は私が今行っている会社なので問題ないと言う。そっちの方が自分のスキルを生かせるし、ウチの会社の人間も何人かいるからとも言われたので「そちらでも構いません」と答える。そんな訳で翌週から新宿に通う事となった。


2001/01/15

 本日から職場が新宿に変わる。ウチの会社からこの会社へ送り込まれるのは私で7人目だそうだ。それにしても、今までの現場とは比べ物にはならない程に職場や周辺の環境が凄い。


2001/02/14

 特に何も無い平凡過ぎるほどに平凡な一日だった。


2001/02/17

 ヤボ用ついでとかで両親と弟がやって来る(何日か前に電話で知らされてたけど)。弟はDCで遊び、両親は見事に散らかった部屋をいろいろ整理してくれ、かなりスッキリした。更に車でホームセンターへ行き、雑貨用品やかねてからの懸案だった収納付きベッドを購入。それから横浜高島屋で兄と合流し、およそ2ヶ月ぶりに家族全員が揃う。初めて兄の家に寄るが、カーペット敷きでコタツも敷かれてて、私と違ってそんなに物が無いのでゆったりとした感じがする。その後は両親が泊まるホテルにチェックインし、部屋を少し見る。夕食はホテル近くの韓国風焼肉屋で、最後に出たニンニクの揚げ物はジャガイモのようにホクホクした食感でかなり気に入ってしまった。弟は兄の家に泊まり(毛布持参)、両親は再び私の家に行って整理の仕上げをしてからホテルに戻った。


2001/02/24

 先週注文したベッドが届く。シーツを敷いたら押し入れからダンボール箱に詰め込んだままの衣類を下の引き出しに目一杯詰め込み、空いたスペースにこれまで使ってた敷布団と捨てずに残していて部屋の隅に放置していた15インチディスプレイを収納。更にベッド下奥側のデッドスペースにまず出さないであろうDC・PS2の箱(説明書・付属品は出しておいた)、そしてスーファミ・PCエンジン(箱・本体)を取り敢えず突っ込んでおく。これで押し入れにも少し余裕が出来た。…でも「捨てる」発想が無く、問題を先送りしている事に変わりは無いのだが(汗)。あとPC88なんかもあって、かなり容積をとっているのでやっぱエミュレータは究極のダウンサイジングだと思ったりもした(88エミュに必要なROMデータはもう吸い出しており、あとはイメージファイルを作るだけ)。


2001/03/21

 会社でメールチェックすると本社の上司から、今月いっぱいで今の現場との契約が終わるので、4月から本社に戻るようにと言う連絡が。


2001/03/23

 午前中に会社を中抜けして川崎駅へ。と言うのも今月末で今行っている会社との契約が終わるので次の仕事を取るべく面接を受ける事になっていたから。しかしこの日の私は時間が無くて朝食も昼食も食べていなかったり精神的にも絶不調だった。本社の営業と共に面接を受ける人と共に某会社へ。…ズタズタ。詳しくは書かないが、さすがに今回は思いきりヘコんだ。このまま家に帰りたい気分だが(近いし)、また仕事に戻るため新宿へ。


2001/03/30

 本日で今通っている新宿の会社との契約が終わり、次週から川崎の某社へ(実は先週の面接が受かってたらしい。命拾い)。これで通勤時間がグッと減り(うまくやれば20分程度になると思う)、勤務条件もそれ程ひどくはないようだから家にいる時間もこれまで以上に多くなるだろう。


2001/04/01

 『東京ゲームショウ(TGS)2001春』に行く。今回の目玉は当然X−BOX。展示されていた本体を見たら図体が思ってた以上に大きく、買ったとしてらまず置き場所に困るなというシロモノ。でも現時点で発表されているソフトで特にめぼしいものはなかったが。ハッキリ言って今回の展示物はこれが全てだったと言って良い。一応『ファイナルファンタジーX』の映像も見たが、召還獣などで戦闘が異常に間延びする悪癖は健在のようで、改めてプレイする気が失せる事を再確認(FFは7の途中で止まっており、最近2作は全く手を付けていない)。いくら映像が美麗でも所詮一発芸なのを悟って欲しい。今回のTGSは使用ホール数が少なくなったり注目出来るソフトが殆どなかったりと、ゲーム業界全体が閉塞しているのが分かるものだった。コスプレ広場の方は久し振りに会えた人がいたりもしたが、最近の傾向通り自分好みのキャラが少なく、撮った写真もかなり少なめ。あとは目ぼしいパンフレット類をゲットしておしまい。


2001/04/02

 この日から職場が川崎になる。家からとても近くなったのは助かる。ここではそんなに忙しくなる事はほぼないようなので家に居る時間も格段に長くなるだろう。


2001/04/15

 昼過ぎ、まだ新宿の定期が残ってるからと電車に乗る。まず渋谷へ寄ったらハチ公前広場で田中真紀子が街頭演説をしていて(小泉純一郎もいた)、物凄い人だかりだった。おかげで駅に戻るのに一苦労。そして新宿の街中を適当に散策して帰った。今後新宿へ行くことはあまりないだろうな。


2001/05/01

 午後1時、友人を家に招き入れる。引っ越してから家族以外の人間を家に入れたのは彼が初めてだ。目的は私がかねてから見たいと頼んでおいたテレビ番組のビデオ鑑賞。まずは『渋谷でチュ!』。その回のゲストは坂本真綾。客がゲストの魅力を語るコーナーでバッチリ映っており、本人は「正視できない」と私のパソコンチェアの上に顔をうずませる。続いては、椎名へきるがゲストだった「テレホンショッキング」。椎名の登場時に客がほとんど無反応だったり、タモリもいかにもやりにくそうな感じが伝わってきたり、次回ゲストの坂井真紀とのいかにも事務的な会話(友人「どんなに調べてもこの二人のつながりが分からなかった」)。いくら武道館をいっぱいにしようと世間一般には通用しないのを再確認させる事になるもので、この回の客はみんな「誰だか知らない」のでハズレを引いたと思っただろう。さぁ、これが林原めぐみだったらどうなるか!? 日高のり子がゲストだった時はちゃんと反応してくれたらしいけど。こうゆう時話題になるのが「最も日本国民に知られている声優」で、きまってあっさりと大山のぶ代という結論に達してしまうのだが。そしてこの鑑賞会の目玉、彼がゲスト(?)出演した『DAIBAクシン!』の「チアチェキ」のコーナーを当人の解説+裏話付きで視聴。友人邸のガサ入れをはじめとした、あらゆるシーンにとにかく爆笑。自分の知ってる人間が出ている番組を見るのは実に楽しく愉快だ。見終わって彼が一言「喜んで頂けましたでしょうか(稲川淳二風)?」。今度は私の秘蔵ビデオをいくつか披露。そんな男二人の鑑賞会は合わせて10時間にも及んだのだった。ちなみにゲームは全くやらず。


2001/06/17

 運転免許更新のため二俣川の試験場へ。日曜は特に混むと通知葉書に書かれていたが、受付終了時間に近かったからか特に混んではいなかった。写真撮影と書類提出をして、優良(私の場合は完全に「無」なのだが)運転者講習を受けて更新された免許証を受け取って試験場を去る。そして横浜駅界隈に寄って、いろいろ買い出しをしてから帰宅。


2001/07/12

 また一つ、歳をとってしまった(;_;)。そんな訳で夜のIRCチャットで誕生日についての話題を振る。そこでのログの一部を抜粋

[******] あえてお祝いを申し上げます(をい
[*******] こんばんは。おめでとうございますー>KYOSUKEさん
[KYOSUKE] おめでとうなんて言ってられるのはハタチまでじゃい!
[KYOSUKE] そっから先はもう歳なんか取りたくないと思うもんじゃい
[***] 19までだと思う(泣)<20になった瞬間かなりブルー入った奴
[****] 今度おめでとうと言われるのは、多分60以上だろう(笑)


2001/07/22

 携帯にめずらしく着信記録があったのに気付き、履歴を見るとやはりめずらしく兄貴からだった。いったい何の用だ? まさか身内に不幸でも!? と思いつつ電話をかけてみると、今日ビックカメラでPS2を買ったら「100人に1人タダ」のキャンペーンに当たったという自慢話だった。どうせソフトはFFXだろうと言ったら売り切れで買えず、何かの麻雀ソフトを買ったとの事だった。


2001/07/29

 本日は参院選。昼過ぎに近くの小学校へ投票に行く。しかし昨年暮れの引越しの関係で投票者名簿がちゃんとしておらず、選管側の応対にだいぶ待たされてやっと事を済ませる。夜に速報を見ると自民完全勝利で「クソつまんねー」。深夜になっても保守党が議席を確保しておらず、今回の選挙最後の楽しみは「扇千景落ちろ」だったが、明け方になって扇の当選が決まり、一つも面白くなかった。念のため書いとくと、私は基本的に無党派です。


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